尾藤源内の城と伝えられる。天正12年(1584)、小牧・長久手合戦の時、徳川・織田軍の小牧山の付城として清洲と小牧を結ぶ連絡確保の役割を担っていた。
県道浅井 清洲線「重吉」交差点南150m道路西側に案内看板がある(丹陽中学校プール南東)。大きな樹木が数本あり、少し小高くなったところに石碑(建立年不詳)と説明石板あり。
基本情報
住所 | 〒491-0821 丹陽町重吉字城戸 |
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アクセス
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・名鉄バス九日市場行き「平島南」バス停より徒歩10分
尾藤源内の城と伝えられる。天正12年(1584)、小牧・長久手合戦の時、徳川・織田軍の小牧山の付城として清洲と小牧を結ぶ連絡確保の役割を担っていた。
県道浅井 清洲線「重吉」交差点南150m道路西側に案内看板がある(丹陽中学校プール南東)。大きな樹木が数本あり、少し小高くなったところに石碑(建立年不詳)と説明石板あり。
住所 | 〒491-0821 丹陽町重吉字城戸 |
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