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なかしまじょう
中嶋城址

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【所在地】
萩原町中島字城址
【交通】
名鉄尾西線「萩原」駅より東へ徒歩20分
【由来】
中島左衛門尉宣長が居城していたといわれ、その子孫が中島蔵人として居城したが、室町末の戦乱で廃城になったと伝えられる。
【ひとくちメモ】
中島小学校南 碑(昭和41年建立) 駐車場なし。
近く(西)に中島廃寺跡の碑(昭和43年建立)あり。
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よしふじじょう
吉藤城址
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【所在地】
明地字南古城
【交通】
名鉄バス西中野行き「吉藤」停西へ徒歩5分
【由来】
織田信雄に仕えた遠藤三郎右衛門の居城跡。
【ひとくちメモ】
工業団地東側の細い道路脇に、石碑(昭和50年建立)のみ。
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おくじょう
奥城址

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【所在地】
奥町字下口西
(奥町西保育園内)
【交通】
名鉄尾西線「奥町」駅より西へ徒歩15分
【由来】
織田信長・信秀に仕えた梶川弥三郎の居城が有ったと伝えられる。
【ひとくちメモ】
大きな石碑(昭和34年建立)あり。
奥町西保育園敷地の園庭南側にあるため、無断で入る事はできない。見学の際は、必ず園に了解を得ること。
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のぶじょう
野府城址
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【所在地】
開明字城堀
(開明小学校校庭内)
【交通】
名鉄尾西線「開明」駅より北へ徒歩5分
【由来】
戦国期の城跡で織田九郎信治の居城であった。天保12年(1841)の村絵図にも城址が記されている。
【ひとくちメモ】
開明小学校南門西側 体育館脇にあるため、無断で入ることはできない。学校に了解を得ること。石碑(昭和6年建立)のみ。
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くろだじょう
黒田城跡
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【所在地】
木曽川町黒田字古城
【交通】
名鉄名古屋本線「新木曽川」駅より東へ徒歩10分または、JR東海道本線「木曽川」駅より南へ徒歩5分
【由来】
戦国時代からこの地にあった城で、城主7代の記録が残っている。土佐20万石の大名に出世した山内一豊はこの城で生まれた。山内一豊は13歳でこの城を離れている。
【ひとくちメモ】
黒田小学校北東側の一角に城門を再現して、城跡が整備されている。顕彰会が設置した偉人を讃える「一豊立志像」がある。石碑・説明板あり。
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おおのじょう
大野城跡

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【所在地】
浅井町大野字東堤外
【交通】
名鉄バス川島行き「大野」停北へ徒歩10分
【由来】
小牧・長久手合戦の時、秀吉方の砦として利用され、その後大野佐渡守等が居住したと伝承されている。
【ひとくちメモ】
大野極楽寺公園内管理棟東側。
桜の園(グランド南)に石碑(平成9年建立)のみ。
駐車場あり(大野極楽寺公園)。
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こうだじょう
河田城跡

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【所在地】
浅井町河田字神明社
【交通】
名鉄バス宮田本郷行き「河田」停北へ徒歩8分
【由来】
天正12年(1584)、小牧・長久手合戦の時、秀吉が小牧山の徳川・織田軍に対して構築した城砦の1つ。
【ひとくちメモ】
県道一宮各務原線の木曽川河田橋手前を東へ200m、堤防道路南へ下るとすぐ。
大きく立派な石碑(平成2年建立)がある。
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しげよしじょう
重吉城跡

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【所在地】
丹陽町重吉字城戸
【交通】
名鉄バス九日市場行き「平島南」停東へ徒歩10分
【由来】
尾藤源内の城と伝えられる。天正12年(1584)、小牧・長久手合戦の時、徳川・織田軍の小牧山の付城として清洲と小牧を結ぶ連絡確保の役割を担っていた。
【ひとくちメモ】
県道浅井
清洲線「重吉」交差点南150m道路西側に案内看板がある(丹陽中学校プール南東)。大きな樹木が数本あり、少し小高くなったところに石碑(建立年不詳)と説明石板あり。
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いちのみやじょう
一宮城跡

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【所在地】
本町3丁目
(三菱東京UFJ銀行一宮支店地内)
【交通】
名鉄名古屋本線「名鉄一宮」駅、JR東海道本線「尾張一宮」駅より東へ徒歩5分
【由来】
代々真清田神社の神主をしていた平重盛の子孫関氏が、社領を守るためこの地に構えた城。
【ひとくちメモ】
県道尾張
一宮停車場線沿い北側の三菱東京UFJ銀行一宮支店の玄関東側敷地内に石碑がある。
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